たいやき ともえ庵で働くということ(22) 【少しだけ楽をしたい気持ちとの闘い】

店で食べ物を作ることは、「少しだけ楽をしたい」という気持ちとの闘いだ。

たいやきであれば、ある程度焼けるようになるまでは、苦労が多く、緊張感もあるが、焼けるようになってしまうと「飽き」が出てきて、それが「少しだけ楽をしたい」という気持ちにつながってしまう。

少しだけの楽の要素はたくさん転がっている。
つぶあんの水分を少しだけ少なめにして固くすると、盛り付けやすくなってきれいに焼けるようになる。
皮になる小麦粉を少しだけ多めにしたり、つぶあんの盛り付けを少しだけ少なくしたりすると、型にくっつきにくくなり、破れることがなくなる。
少しだけ長めに焼くと、型から取り出しやすくなる。
月替りたいやきに入れる果実を少しだけ細かく刻むと、形が崩れることがなくなる。

これらは、すべて工夫ではない。「少しだけ楽をしたい」という気持ちに負けた行動だ。

水分を減らしてパサついたつぶあんにし、小麦粉を増やしてつぶあんの量を減らすことで、パリッとした食感のない厚い皮にし、長時間焼くことで、食べづらい硬さの皮にし、果実を細かく刻むことで、ジューシーさを損ねている。
ほんの「少しだけの楽」で、商品を台無しにしているのだ。

かき氷も同じだ。
削りに妥協して、「ほんの少しだけ」厚めの氷にすると、早く削れて盛り付けもきれいになるが、その分、確実に味が落ちる。
口に入れると溶ける薄さを維持したまま、盛り付けられるようになる苦労から逃げた結果だ。

そうならないようにするのは難しいことではない。

「次の一匹はさっきの一匹より上手く焼く」
「次の一杯はさっきの一杯より上手く削る」

常にこの気持ちを忘れなければ、数をこなすにつれて上手くなっていく。もし上手くならなくても、楽をして品質を落とすようなことは起こらない。

そして、その気持ちを何年か積み上げると、誰もがそう簡単には追いつけないレベルのたいやきが焼けるようになる。

先日、以前に店長を務めた後に転職した元スタッフが、助っ人として店に入ってくれた。
数年間のブランクがあったが、わずか2~3匹焼くだけで勘を取り戻し、素晴らしいたいやきを焼いた。
パリッとしつつも堅さを感じさせない皮に包まれたたいやきは、残念ながら、現在のスタッフの誰もがかなわない美味しさだった。
アルバイトとして入り、社員になり、店長になって働いた期間、彼女がずっと「次の一匹はもっと上手く焼く」と思って、焼き台に向かい続けていた結果だ。

彼女のたいやきを味わって刺激を受けた現在のスタッフの中からも、今後はきっとそれに匹敵するたいやきを焼ける人材が生まれるだろうと信じている。

たいやきは楽しい食べ物でもある。
だから、笑顔が多く、楽しい雰囲気の店を目指しているし、実際にそうなっていると思う。
でも、その中でもたいやきやかき氷に向き合う瞬間は、ストイックにより良いものを目指す。そんな店でありたいと思っている。