実は、うちの店には「あんこが嫌い」なお客さんが意外にいらっしゃいます。
「(他所の)あんこは食べられないけど、ともえ庵のつぶ餡は好き」という方や、「こし餡の方が好きだけど、ここのつぶ餡は美味しい」とおっしゃっていただける方などです。
お客さんの話はあまりできないので、身内のことを紹介します。
店を始めた6年前にアルバイトに応募してきたやや高齢の女性がいました。
面接時に、志望理由を尋ねたところ、「あんこは苦手なんですが、短時間でも働けると聞いたので」との回答が。
さすがに、商品を好きでない人は雇えないので、焼きたてのたいやきを一匹出して、「これを食べて、美味しいと思えるなら面接を続けましょう」と伝えました。
するとその女性はたいやきを食べ終え、やや興奮気味に「このあんこなら食べられます!」と答えました。
採用されたいがための言葉、いえその言葉は嘘ではありませんでした。アルバイトに入った彼女は、シフト時間の少し前に店に来て、“お客さんとして”たいやきを一匹食べ、シフトが終わると、やはり“お客さんとして”店先のベンチでたいやきをもう一匹食べて帰るのが日課になったのです。
自分が好きなので、接客にも説得力があります。
「ここのつぶ餡は美味しいのよ!」とお客さんに話しかけているのを見て、(せめて“ここの”ではなく“うちの”と言ってくれ)と思うようなこともありましたが、本音から出る言葉は相手を不快にしないので、そのまま続けてもらいました。
その後、その女性の意識にさらに変化が生じます。ご実家の財産を処分する必要があり、1ヶ月程度アルバイトを休んで北海道の実家に戻ったその女性、戻ってきてからはより接客に力が入るようになりました。
聞いてみると、うちでのアルバイトですっかりたいやき好きになった彼女は、北海道でも美味しいたいやきを探し求め、評判の良い店を何軒か食べ歩いたそうです。でも、多くは彼女が以前に食べられないと思っていたあんこの味、食べられるものはあっても、美味しいと思えるものはひとつもありませんでした。そこで彼女は初めて「偶然働いたこの店のつぶ餡は他にないくらい美味しいんだ」と気付き、以前にも増して自信を持って接客するようになったのです。
以前どおり、シフトの前後でたいやきを食べ続ける彼女の日課はある日終わりを告げます。「お医者さんに甘いものを控えろと言われました」としょんぼりと告げ、毎回たいやき2匹の生活を終えたのです。
とはいえ、自分が美味しいと思うたいやきをお客さんに提供する仕事へのやりがいは今も変わりません。短時間のシフト中心ですが、“看板娘”として今日も元気に接客しています。
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